立野純三(たての・じゅんぞう) 
株式会社ユニオン代表取締役社長

1947年生まれ。1970年 甲南大学法学部卒業。1970年 青木建設入社、
1973年(株)ユニオン入社。1990年同社代表取締役社長。その他公職として、
公益財団法人ユニオン造形文化財団 理事長、公益財団法人 大阪産業局理事長、
大阪商工会議所 副会頭等を務める。

太田伸之(おおた・のぶゆき)

1953年生まれ。明治大学経営学部卒業後ニューヨークに渡り、繊研新聞特約通信員、
バーニーズ・ニューヨークコーディネーター、アメリカ・メンズスポーツウエアバイヤー協会
マーケティングディレクター等を務め、8年間日米ファッション業界の橋渡しを担う。
1985年 東京ファッションデザイナー協議会(CFD)を設立、事務局長に就任。
「東京コレクション」を開始。2000年 株式会社イッセイミヤケ代表取締役社長に就任。
2006年JFW(日本ファッション・ウィーク)実行委員会委員に就任。
「東京コレクション」運営と若手デザイナー支援に携わる。
2013年 株式会社海外需要開拓支援機構代表取締役社長に就任。
2018年同職を退任、MD-03 Incを設立し、現在も日本のアバレル業界を牽引する。

松村光(まつむら・ひかる)

日本のファッション・プロダクトデザイナー。
武蔵野美術大学、パリ・オートクチュール組合学校を卒業後、1993年 三宅デザイン事務所に入社。
1998年 株式会社イッセイミヤケより雑貨ブランド「GOOD GOODS」の立ち上げに参加。
2005年 株式会社 HIKARU MATSUMURA DESIGN設立。
2008年より「BAO BAO ISSEY MIYAKE」に所属。
その後、プロダクトブランド 52 BY HIKARUMATSUMURA(ゴジュウニ バイ ヒカルマツムラ)の
クリエイティブディレクター兼デザイナー、メンスバッグブランド TOMOE(トモエ)デザイナーなどを
務める他、ファッションとプロダクトを横断するデザインプロジェクトを多数手がけている。

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「太田伸之と松村光と語らう」ある日の午後、ショールームにて。

一. 特定の文化を語り継ぐ施設は日本にあるか

  • 立野

    去年、スイスのヴィトラ キャンパスへ行ってきました。あの生産工場はすごいですね。あの土地に多くの著名な建築家を招いていて。私たちもいつかあんなことをしてみたいなと思いますよ。

  • 太田

    ええ。すごいですよね。去年私も行きましたが、その話を梅田のナレッジキャピタルのスタッフにしたら、彼らもすぐ行くって話していましたよ。

  • 立野

    安藤さん(安藤忠雄氏)の海外で初めて手掛けられた作品や、ザハ・ハディドの作品などをすべて施設として展開しているのは大した試みだと思います。あと、建築工法としても優れていて。アクリルで20メートル近いアーチをつくりだすというのは、発想としても面白いものでした。

  • 太田

    ヴィトラに置かれている椅子のコレクション。一つずつ取り出してじっくりと見てみたいほど素晴らしいラインアップです。

  • 立野

    ディスプレイにもこだわって、結構な費用をあのセクションには割いているようですよ。

  • 太田

    そうみたいですね。

  • 立野

    ファッション業界で輝かしいキャリアを築き上げられてきた先生ですが、ファッションの歴史を学ぶことができるヴィトラのような施設は日本ではどこが有名なのでしょうか?

  • 太田

    ヴィトラのような施設は日本にはないですね。ただし、ワコールさんが日本のファッション作品を集めていたりはしますがね。ワコールが40年ほど前につくった京都服飾文化研究財団(KCI)がフランス革命の頃のフランスのオートクチュールをすべて持っていますね。その分野に関しては世界で一番なんじゃないでしょうか。

  • 立野

    ほう。

  • 太田

    ルーヴル博物館が資料を貸してほしいと言ったようです。フランスにはあそこまで多くの資料はありませんからね。

  • 立野

    それはすごいですね。

  • 太田

    当時のフランス上流階級の人にとっては絹の世界。それ以降は木綿の世界になってくるのだけれども、ナポレオンの妻、ジョゼフィーヌはシルクが良かったようで…(笑)。

  • 立野

    なるほど(笑)。そこから大きくファッションというものの在り方が変わったと聞きますが。

  • 太田

    そうなんです。着飾るための服ではなくなっていくんですよ。そこから読み取れるのは、女性がどんどん行動的になっていったということ。そのきっかけがフランス革命であったことを研究できるほどのコレクションをワコールが所有しています。

二. 生産現場で働く日本の職人の心意気

  • 立野

    松村先生も太田先生同様、ファッション業界に多くの業績を残されてこられました。また、新たな事にも常に挑戦しておられる。先生の手掛けるプロダクトを拝見すると材質とデザインは密接に関わり合っているのだと感じますが、どのようにお考えなのでしょう。

  • 松村

    僕はとにかく、他のブランドが使っていない素材で勝負したいという想いがあるんです。あまり使われていない素材をあえて使うことは意識していますね。

  • 立野

    私たちの業界のプロダクトはシンプルな形に進化してきました。私自身も社員に向けて「よりシンプルに」と伝えています。デザインというよりかは仕上げの部分に新しいものを取り入れる傾向にあります。「こんな色にすることができる」「メッキの仕上がりをよりきれいに」といったように。ファッションはまた違った考え方なのでしょうか?

  • 松村

    いいえ。ファッションも同じです。造形をどれだけいじくりまわしても、もうほとんどが出尽くしています。だから、どこへたどり着くかというと、原料の素材をいかに特殊なものにするか。そこの差別化が一番大切なところ。

  • 立野

    なるほど。

  • 松村

    いい生地をつくろうと思ったらイタリアが一番なんです。イタリアの職人は非常に優れている。しかし、良いものは作るのだけれども、新しいものは職人の琴線に触れないと作ってくれない。断られます。でも、日本の職人は「難しいけど挑戦してみようか」となるわけです。もちろん失敗はするんですが、想像もしていなかった良いものが生まれたりもする。それが日本なんです。今、ヨーロッパの多くのブランドが日本の素材を取り入れています。ポリエステルひとつとっても、「ポリエステルでこんなに高級なものができるんですか」と、驚くものをつくれるのは日本だけです。

  • 立野

    安いものをつくってばかりではいけないと、ファッション業界の方は懸念されていますしね。

  • 松村

    そうなんです。もう一つ例を挙げるとするならば、デニム。世界的に見てもクオリティの高いデニムが日本で生産されています。それは日本の伝統的な技術である藍染めの技術と職人が「これが面白そうだから挑戦してみよう」と挑戦し続ける姿勢があるから。イタリアの職人はいいものをつくってくれるのですが、いいものは更新したくない。なぜなら、それがすでに完成形だから。完成品を脱色してほしいとか、縮めてほしいとかそういったオーダーをすると「ふざけるな!」ってなるわけです(笑)。恐らく、ユニオンさんなどの金属を取り扱う世界でも同じだと思うのですが、製品をどのようにいじって、新しい付加価値をつけるのか。それは、素材の材質であって、造形ではないですよね。

  • 立野

    おっしゃる通りです。私たちも海外で展示会をすると、「こんなものができるのか」と日本の技術に驚かれている光景をよく目にします。ただし、売れるのとは別の話。高すぎるというのが消費者の正直な意見でしょうから。ユニクロさんはいい素材を使いながらもコストを限りなく抑えておられる。ものづくりのプライドは持ちながらも様々な要望に応えておられる。私たちもそういった取り組みをしていかなければならないとも感じますね。

  • 松村

    やはり、手間暇かけて試行錯誤をするわけですから、当然コストはかかる。これは確かな事実です。私が思うのは「高いと思うなら買わないでくれ」と。これを言葉にして言えるかどうかですよね。そこまで強く言わなくてもいいですが(笑)。

  • 立野

    それくらい強気に出れたらどれほどいいか…(笑)。松村先生はいつも価格設定をどのような基準で行っておられるのですか?

  • 松村

    さっき「高いと思うなら買わないでくれ」と言った私ですが、そんなことを言える度胸はなく(笑)。

  • 立野

    (笑)。

  • 松村

    なので、それなりの価格帯に収めようとしてはいます。どうやってその価格帯に収めるかを実際の生産現場と一緒に考えてコストを抑える努力はしていますし、そこが実はやりがいだったりもします。

三. もし必要な時に技術が衰退していたら

  • 太田

    私と松村君がかつて在籍していたイッセイミヤケは、とにかくデザイナー、アトリエの人間が工場へ行くことに対してものすごくお金をかけるんです。これは私が社長をしていて気が付いたこと。これはイッセイミヤケの社風なんです。

  • 立野

    デザイナーは実際に生産現場をみなさいという教えですね。

  • 太田

    そうです。そこで「こんなことができないか」ということを職人と話し合う。松村君はそういった環境の中でずっとやってきました。きっと創業当時から培われ受け継がれてきた三宅一生さんのDNAなのだと思います。

  • 松村

    技術やアイデアを持っている工場さんほど、内部をみせたがらないじゃないですか。中をみせてほしいと交渉すると、どこにも見せたことがないからといって断られるんです。僕らからしたらどこにも見せたことがないからこそ見たいわけで。

  • 立野

    そうでしょうね。誰もが見たことのある物だったら新しいアイデアは生まれないでしょうから。

  • 太田

    松村君が考案した三角形のパーツが特徴的なバッグ「BAO BAO ISSEY MIYAKE(バオバオ イッセイミヤケ)」。実はあれを製造した工場ってバッグ専門じゃないんです。

  • 松村

    そうなんです。ワッペン工場でした。

  • 太田

    スポーツのユニフォームに使用されるワッペンを製造している工場に松村君が訪れて「この技術は使えるのではないか」と想起したみたいです。

  • 立野

    今や、ものすごく人気のブランドですよね。

  • 太田

    デザイナーが工場に足を運んで、職人さんとやり取りをしながら新たなことを考えなさいというのは、三宅さんの創業から変わらないポリシーなのだと思います。だから、あれだけ工場に新卒から行かせてくれる会社は他にないと思いますよ。

  • 立野

    世界中の工場にも行かれるわけですか。それは凄いですね。

  • 太田

    そうなのですが、三宅さんは「日本製」というものにこだわっておられるんです。日本の職人さんをとても大切にされているので。

  • 立野

    私たちも、日本の伝統工芸の職人さんとチームで生産することもあります。

  • 太田

    私はクールジャパンに取り組んでいますが、全国に様々な工場があるじゃないですか。工場に入った瞬間に分かるのは、若い人がいる工場は絶対に活気があるんですよ。

  • 立野

    ほう。

  • 太田

    80歳くらいのベテラン職人さんの横で、20歳くらいの若い職人さんが一緒に仕事している光景を見ると「この会社は大丈夫」って思うのです。一枚板の銅を叩いてやかんをつくる「玉川堂」も、富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」さんも、美大や芸大を出たばかりの若い方が働いておられる。その横でベテランの職人さんが働き指導している。

  • 立野

    それは恐らく、その業界に仕事があるから若い人が集まってくるのではないかと思うのです。仕事がないと業界は衰退していく。これは当たり前のことです。だから、伝統を途切れさせないためにも、そして技術を成長させていくためにも、日本全体が仕事を生みだしていかなければならない。そう思うのです。これはファッション業界にも言えることですよね。業界を超えて職人を大切にしていかなければならないと感じます。そうしないと、やがて文化が無くなってしまうのではないかと心配です。

  • 太田

    ほんとうに。だからイッセイミヤケはずっと同じ工場に仕事を依頼するんです。仮に20年後、その工場が一番輝くときが来るかもしれない。でも、その瞬間にその工場がなくなってしまっていてはいけない。

  • 立野

    それはすごい。私たちは工場を持っていませんから、私たちがデザインしたものを工場につくってもらって販売する。ものをつくる多くの会社が同じスタイルかとは思いますが、今は工場へどんどん依頼を出すのが難しくなってきている風潮がありますから、そこは考えなければいけません。

  • 太田

    私たちは様々な原材料を使ってどんどん技術をアップデートしていかなければならない。そうしないと仕事が生まれていかなくなります。そして作ったプロダクトが評価されないと仕事がなくなってくる。やはり、こういったことを続けていって工場の職人さんが仕事を続けていける環境を社会全体でつくっていかなければならないですよね。

  • 立野

    先生のおっしゃる通りです。

四. 日本酒は値段が安すぎるから

  • 太田

    私は日本のお酒が好きなのですが、日本酒を醸造する杜氏と呼ばれる職人さんがいます。その杜氏を使わなくなった獺祭が成功しましたが、全国に杜氏は沢山いらっしゃる。その杜氏の皆さんがずっと仕事ができる環境をつくらないといけません。日本の人口が減っていく中で、その職人を海外に輸出するということも考えていかなければならない。ただし、輸出するのであれば高く売らないといけません。

  • 立野

    そうあるべきですよね。日本の杜氏という職人集団は世界的に見ても唯一無二ですから。

  • 太田

    高く売るのであれば、お酒のボトルデザインから考えてもらうのもいいかもしれません。

  • 立野

    確かに。日本の決まりきった一升瓶から脱却しても良いかもしれませんね。

  • 太田

    そうです。ドンペリニヨンのボトルのようなものも真新しくていいかもしれないし、海外受けだっていいはずですから。

  • 立野

    日本酒をシャンパングラスで飲むだけでもまったく風味が変わりますよね。

  • 太田

    つまり求められることは、トータルでものを考えること。ある有名なシャンパンメーカーのトップが日本酒メーカーに言ったのは「もっと高く売れるはずなのに、なぜその値段設定なのか」と。他に日本酒をつくれる国はないので、もっと値段を見直すべきだというんです。

  • 立野

    日本酒は洋酒に比べて美味しいのに安く手に入りますね。高くても1万円ほどで手に入ります。確かにコストパフォーマンスが高すぎます。

  • 太田

    昔、外務省の監査で1級・2級ってあったじゃないですか。あれの名残みたいですよ。価格の基準が昔から変わっていないのです。

  • 立野

    日本酒の場合は工程に物語を感じます。杜氏が米を磨き仕込み、手間暇をかけて完成する。そういった部分が伝われば評価は上がりそうですが。

  • 太田

    今世界で、需要は高まっているようですよ。これはドバイのソムリエに聞いたのですが、日本の東北の蔵元でつくられた古酒が1本30万円で売れると聞きました。

  • 立野

    30万円!それはすごいですね(笑)。私たちも価値あるドアハンドルをつくりたいなと思います。

  • 太田

    いいですね。メゾン・エ・オブジェへ出品されたらいいのに。品質を他のものと比べてもらったうえで、高いけど価値があるということを知ってもらえるといいですね。

  • 松村

    ブランディングにどれだけのお金をかけるかですよね。やはり日本人はものづくりの歴史の積みあげ方が少し違うから、思い切った値段設定ができないのでしょうね。

五. 滲み出る「日本らしさ」という価値

  • 立野

    イッセイミヤケさんはどのようにして世界へ進出されたのですか?

  • 太田

    三宅一生さんは若い頃フランスへ留学をしていて、その時に有名なデザインハウスに所属していました。後にアメリカを経由して帰ってこられた。海外で様々な経験をされてきたから、自分は世界的なブランドをつくろうと初めから思っていたのではないでしょうか。

  • 立野

    なるほど。当時、日本のデザイナーというのは世界的にまだまだ認められていなかったのではないですか?

  • 太田

    当時は難しい時代だったでしょうね。東洋人がつくった洋服を西洋人が袖を通すことなんて考えもされていなかった。でも、着物をつくっているわけじゃない。日本の衣生活の概念が染みついているので、いくら洋服をつくっても西洋人がつくるものと少し違っていた。この「少し違う」がものすごい価値だったんです。よく三宅さんが言っていたのは、洋服は1枚の布であると。つまり、わざわざ人の体に沿って洋服をつくらなくてもいいということなんです。袖が長かったら、まくればいいし、ウエストが大きかったらベルトで締めればいい。これって昔はなかった考え方で。

  • 立野

    それが認められたと。

  • 太田

    そうです。そこがイッセイミヤケの不思議な魅力だったんです。三宅さんは日本らしい服をつくっているつもりはないけど、海外の人からすればどこか日本を感じることができる服だったのでしょうね。

  • 立野

    それが先ほど言っていた「少し違う」という価値だったと。

  • 太田

    はい。他の国の人がつくれないものをつくることが大きな価値でした。

  • 立野

    では、松村先生が手掛けられたバッグもそういった価値が見出されていたのでしょうか?

  • 松村

    三宅さんの言う1枚の布っていうのは、四角い布をなるべく無駄にしないという考えなんです。なので、なるべく切らずにいかに四角いままで洋服をつくるか。平面をどう立体にしていくかという考え方は共通していると思います。

  • 太田

    平面でありながら立体化するというのは、西洋にはない考え方なのでしょうね。

  • 立野

    21_21 DESIGN SIGHT(トゥーワン・トゥーワン・デザインサイト)は安藤さんと三宅さんが手掛けておられますよね。

  • 太田

    はい。あの建築は先ほど話題になった三宅さんの一枚の布からインスパイアされて、安藤さんが設計なさったようです。あの特徴的な屋根が物語っていますよね。

六. 究極のBtoCビジネス

  • 立野

    今ファッション業界がBtoCに傾倒していっていると思いますが、そこにはどんな背景があったのでしょうか?

  • 松村

    これからのビジネスというものが、つくり手と消費者が背中合わせになっていくことが1番理想的なんです。

  • 立野

    今はエンドユーザー同士がスマホで取引をしている時代ですからね。

  • 太田

    僕らが考える究極のBtoCビジネスっていうのは、例えば農業従事者がつくった野菜を彼ら自身が料理をしてお客様に提供するようなこと。卸市場も農協も通さず、つくった人が付加価値をつけて提供する。これが究極のBtoCだと思うんです。

  • 立野

    しかし、そういった動きには業界からの反発もありますよね。これをどう打開していくかが課題になるような気がするのですが。

  • 太田

    う~ん。業界は反発のしようがないと思いますよ。

  • 立野

    ほう。というと?

  • 太田

    消費者がそれを望んでいるからです。

  • 立野

    ファッション業界で置き換えると、問屋が商品を売るっていうことがなくなっていくということですよね?

  • 太田

    そうです。問屋と小売店がなくなります。だから百貨店は不必要だと思うんですよ。

  • 立野

    反発は生まれないのですか?

  • 太田

    もう反発していられないような時代が来ていると思いますよ。今、不必要だといわれるポジションに身を置いている人たちが、仕事がなくなってしまうと考えるのではなくて、これからどう方向転換し仕事を生みだしていくか。これを考えていかなくてはいけないのです。

  • 立野

    なるほど。

  • 太田

    東京の八重洲にある大丸で働いている社員って恐らく100人もいません。今までのビジネスモデルでいうと、あれだけの規模の百貨店であれば数百人は働いていたんです。この点は変わってきていると感じます。これが良いか悪いかは置いておいて、ひとつの新たな方向性です。野菜もそうですし、服もそう。とにかく作っている人が一番強い。今までは作っている人のマージンが少なくて、仲介がたくさんマージンを得ていた。作り手がしっかりマージンを得られて、お客様にしっかりとパスできるというビジネスを考えていかなければならないですね。

  • 松村

    ファッション業界は、自分たちで作ったものを自分たちで売るっていうことが昔から普通に行われていました。デザイナーが製造から販売までを手掛けるスタイルはもともとあって。僕自身もデザインだけして終わってしまうことよりは、お客様の手に渡るところまで関わっていたいという想いがあるので、作り手と消費者が近い距離にいるのは望ましい形だと思いますね。

  • 立野

    松村先生は青山の骨董通りに出展なされましたよね。あそこは先生のようなプロダクトを販売するのにもってこいの立地ではないですか?

  • 松村

    駅から遠くて不便な場所ではあるので、わざわざ足を運びたくなるようなお店作りっていうのをしていくことが大切ですし、それもデザイナーとしてのひとつの表現だと思っています。お客様に「来てよかった」と思ってもらえるエンターテイメント性というか、面白いコンテンツをつくることがすべてだと思います。百貨店とかも必要なくなっていく傾向にありますが、やはり空間の魅力がカギを握っていると思います。最後に残るのは行って楽しいかどうかだと思いますから。

  • 太田

    ものを売るだけではいけないということ。ものだけではなく体験と時間も売る。それでお客さんが楽しかったらそれでいいんです。立野さんは「EATALY(イータリ-)」をご存知ですか?

  • 立野

    聞いたことはあります。

  • 太田

    EATALYはイタリア発の総合フードマーケットなのですが、そこでは食材を購入できて、そして併設されているレストランで食べることもできる。さらに、ときどき料理の作り方も教えてくれる。「買う」「食べる」「学ぶ」これらをお客様は体験として得ることができるのですよ。

  • 立野

    いいですね。

  • 太田

    ものをただ単に並べて売っているわけではないんです。だから毎日多くの人が訪れる。

  • 立野

    なるほど。売り方を変えていかなければならないというのはそういうことだったのですね。

  • 太田

    はい。トマトソースをただ並べるだけでなく、その横のレストランで、そのトマトソースを使った美味しい料理を提供する。美味しかったら買ってくださいという姿勢です。今ではネットでなんでも購入できますから、店舗は店舗だけの魅力を発信しなければなりません。化粧品だって、ネットで商品は購入できるからそれだけではダメで。美容部員からのHOW TOを含めて提供することでお店の価値が高まる。それを求めるお客様がいるうちは大丈夫です。でも、化粧の仕方を理解したからこれからは商品をネットで買いますとなると不必要になっていく。そこからについて考えていくことが大切です。

  • 立野

    ネットの方が安い場合も多いですからね。難しいところです。

  • 太田

    なので、今までになかった協業やコラボっていうのが大事になってくると思います。例えば、トマトソースをつくっている人たちはそれを売るだけではなくて、ユニークなキャリアを持つ有名なシェフと手を組んで、トマトソースを使った新たな料理を開拓して、期間限定で売り出すとか。こういったコラボをして、お客様に喜んでもらえるような活発なビジネスの開拓が必要です。ユニオンさんのようなインテリア資材も同じだと思うので、可能性は無限大だと感じますよ。

  • 立野

    太田先生がおっしゃるように、私たちも新たな発想で様々なところに取り入れてもらえるような働きかけをする必要があるかもしれませんね。それこそファッションと融合するのも面白いかもしれません。

  • 太田

    僕が手掛けているバッグには金具が必要になりますから、なにかできるかもしれませんね。バッグの業界というのは衰退しつつあるので金具ひとつつくれなくなっているんですよ。金具を磨くことも難しくなってきているので、僕らが良い金具をつくろうと思ったら、別業種の金物屋さんを探したりしています。今は新潟の燕三条に行って、違う分野の方に磨いてもらったりしているので、ユニオンさんのような金物も非常に興味がありますね。

  • 立野

    おっしゃっていただけたら挑戦してみますから、いつでも言ってください(笑)。

  • 太田

    新しい材質をつくる技術を活かしたり、はたまたそれと違う領域の人たちがドアハンドルをまったく違う用途で使うとか。そういった飛躍した考えがエンドユーザーにもっと伝わればできることが大幅に増える気がしますけどね。

  • 立野

    私たちの技術を使ってまったく違う業界にアプローチ出来たら面白そうです。

  • 太田

    ハンドルの素材を使ってアーティストがオブジェをつくる。面白い人が面白い材質を使ってものをつくれば、置いておくだけで面白いものができる。メインビジネスにはならないけれど、何か新しいものをつくりだすためのヒントになったりします。

  • 立野

    そこに面白い会社が入ればよりいいですね。

七. デザイナーに長く思考する時間を与える

  • 太田

    僕は日本の自動車メーカーは今後衰退していくと予想しているんです。なぜなら見た目がカッコよくないから。性能はどの世界もある一定の水準は越えているんですよね。

  • 立野

    確かに、大した違いはないですね。

  • 太田

    そうなんです。だからもう一度、車とは何なのかを考えてほしい。排ガスが出なきゃいい、燃費が良ければいい。それだけじゃなくて、乗っていて楽しいとか、カッコいいから自慢したくなるような、所有者の自尊心を刺激するものが必要だと思いますね。そこで注目しているのはマツダ。マツダはCGではなく、昔から変わらず粘土で模型をつくっているんです。

  • 立野

    それは凄いですね。だから最近マツダは面白いものを発表できているんでしょうか?

  • 太田

    そうだと思います。マツダがお客様からアンケートを取って分かったことは、下取りの値段を期待していないということ。じゃあ期待されているところにもっと注力しようと。それがデザイン。マツダは粘土を電子レンジで温めて模型をつくるらしいんです。

  • 立野

    わざわざ電子レンジで?

  • 太田

    そうです。温めた柔らかい粘土で造形して固まったらカンナで削っていく。1mm、2mmというのにこだわってつくっていくのだけれども、そのもとになるのは車ではなく金属のオブジェなんです。オブジェの曲線を参考にしたりするようです。

  • 立野

    興味深いですね。だから今マツダは注目されつつあるんですね。

  • 太田

    そうみたいです。おもしろいと思いますよ。日本製の車はロゴが付いていないとどこのメーカーか判断ができない。そこが致命的です。

  • 立野

    確かに。デザインというものにもっと投資しなければいけませんね。
    松村先生はひとつのプロダクトをつくるまでにどれくらいデザイン案を出されるのですか?パッとイメージが降りて来たりするのでしょうか?

  • 松村

    いやいや、僕は手当たり次第にいろんなものをつくりながらだんだん淘汰されていくことが多いですね。だから、淘汰されて気が付いたらひとつの物が長く続いていることが多いです。

  • 立野

    いくつもパターンを考え出されるのでしょうか?

  • 松村

    以前はそうでした。今は最初からある程度絞り込んだ状態で商品を売り出す方向に進んできていますね。もちろん商品が出来上がるまでにたくさんのボツが出ますが、方向性はほとんど決まっています。

  • 立野

    商品ができたときは「この商品は必ず売れる」といった自信はがあるのでしょうか?

  • 松村

    「売れる」ではなく自分が今後も続けていけるかどうかを大切にしています。

  • 立野

    なるほど。

  • 太田

    プロダクトデザインとファッションデザインは別物ですからね。

  • 立野

    というと?

  • 太田

    プロダクトデザインはお客様に届くまで時間がかかります。一方でファッションデザインは6か月に一回新たなコレクションを発表しなくてはならない。プロダクトデザインを半年に一回つくり替えるのは大変ですからね。

  • 松村

    僕が手掛けるものはプロダクト寄りですが、ファッションのサイクルに付随して半年に一回新たなものを出さなければいけません。しかし、基本的にベースは変えません。

  • 太田

    そこも非常に大切な事だよね。半年に一回新しいものをどんどん作っていくことも大切だけど、老舗ブランドに共通しているのは軸を20年30年変えていないということ。同じものをつくり続けながら磨きをかけていく。

  • 立野

    ベースがブレないと。

  • 太田

    そうです。プロダクトデザインは特にそこが重要だと感じます。ファッションブランドはゆっくり考えてられない。だからなんですけど、ファッションデザインのブランドでバッグが売れた例がほとんどないんですよ。逆にプロダクトデザインからファッションデザインを出してヒットした例は多くある。ファッションデザインを手掛けている人は3、4年かけてものをつくるっていう考えを持っていないんです。だからといって良し悪しはないのだけれども、短期決戦で今まで戦ってきた人たちに長期間与えてものをつくらせるのは難しい。だから、松村君に話したことがあるのはひたすら三角形について勉強しなさいって。それもこっそり(笑)。

  • 立野

    (笑)

  • 松村

    そうですそうです(笑)。

  • 太田

    満足いくまで時間をかけてもいいから、満足いくものができたら出そうって。それがプロダクトデザインだと思います。

  • 立野

    BAO BAO ISSEY MIYAKEにはかなり長い時間を割かれてきたのですね。

  • 松村

    はい。途中でこそこそ進めているのがばれてストップしたこともありましたね(笑)。

  • 太田

    (笑)。だからしっかりと基礎をつくって、時間をかけて渾身の一作ができるような時間的余裕をデザイナーには与えてあげないと、いいものが生まれていかないと思いますね。

八. 技術を安売りしないことが "クールジャパン"

  • 立野

    クールジャパンは、太田さんがいろんな魅力ある場所を探してきて世界に発信されておられますよね。

  • 太田

    日本にとって漫画・アニメも大切ですが、日本の伝統工芸は磨けばもっとすごいものになる。それこそ日本はもっとクールになると思うんです。

  • 立野

    日本の伝統工芸や技術は素晴らしいものです。

  • 太田

    ただね、大きさや用途などがとっても日本的なんです。それがグローバルスタンダードになる伝統工芸ならもっと評価されると思いますね。

  • 立野

    南部鉄器や漆などは海外の方からも評価されていますね。

  • 太田

    南部鉄器の職人さんに話を聞いたことがあるのですが、南部鉄器なんかは、これ以上のものがない最高の物を作り上げたらいいのですが、質の良くないものも出回るのでそれが価値を下げていると言うのです。

  • 立野

    しかも、安いからという理由で売れてしまっている。

  • 太田

    そうなんですよ。だから粗悪品のようにペンキで色を付けず、火力のみで色を付けるという伝統的な技術があるわけですから、そこを大切にして、しっかりと高い値段をつけて売るべきなんです。その価値がわからない人に売っても仕方がないので、分かる人だけに売ればいいんです。

  • 立野

    その通りです。

  • 太田

    それでね、すごく腕の立つ南部鉄器職人さんがおられるんですが、その人を紹介したのがエルメスです。その職人さんの凄さが分かるのはエルメスくらいだろうと思って。

  • 立野

    すごいですね。私もね、エルメスにハンドルをデザインして売り込みたいと考えているんです。私たちもそういった挑戦をしていかなければいけませんから。

  • 太田

    立野社長のハンドルがエルメスの店舗に共通してついていたら非常に面白いですよ。

  • 立野

    ルイヴィトンの店舗には私たちのプロダクトが起用されているんですよ。日本の技術をどんどん世界に広めて認めてもらいたいですね。

  • 太田

    そうだったのですか。日本には世界にまだまだ知られていない技術がありますね。

  • 立野

    私は日本の技術は本当に素晴らしいものだと思うのですよ。現に海外で技術をみせたりすると驚かれていますし。

  • 太田

    やはり日本の職人さんたちが妥協せず真面目にものづくりに向き合ってこられた結果でしょうね。だから、私たちがやっているクールジャパンっていうのは、本当にかっこいい日本のものをおまけせずに売っていくことなんです。そうじゃないと何もクールじゃないですから。

  •   

    (終了のお知らせ)

  • 一同

    ありがとうございました。

  •  

     

  •  

     

  •  

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