立野純三(たての・じゅんぞう) 
株式会社ユニオン代表取締役社長

1947年生まれ。1970年 甲南大学法学部卒業。1970年 青木建設入社、
1973年(株)ユニオン入社。1990年同社代表取締役社長。その他公職として、
公益財団法人ユニオン造形文化財団 理事長、公益財団法人 大阪産業局理事長、
大阪商工会議所 副会頭等を務める。

藤本壮介(ふじもと・そうすけ)
藤本壮介建築設計事務所

1971年北海道生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、2000年藤本壮介建築設計事務所を設立。
2014年フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞(ラルブル・ブラン)に続き、
2015、2017、2018年にもヨーロッパ各国の国際設計競技にて最優秀賞を受賞。
国内では、2024年には「(仮称)国際センター駅北地区複合施設基本設計業務委託」の基本設計者に特定。
主な作品に、ブダペストのHouse of Music (2021年) 石巻市複合文化施設(2021年)、
白井屋ホテル(2020年)、L’Arbre Blanc (2019年)、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリー・パビリオン2013 (2013年)、
House NA (2011年)、武蔵野美術大学 美術館・図書館 (2010年)、House N (2008年) 等がある。

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「藤本壮介と語らう」ある日の午後、事務所にて。

一. 出る杭も一つのミスも叩かれる日本社会

  • 立野

    先日、興味深い話を聞きまして、ある大学教授が語ってくれたのですが。厳しい父親が幼少期からずっとトラウマだったらしく、心理学の先生のカウンセリングを通じてそれを克服できて、苦手だった父親と普通に話せるようになったそうです。

  • 藤本

    私も父がいわゆる昭和の頑固親父でした。頭ごなしに叱るタイプで、父と同世代でそういう感じの方がたまにいるので、毎回ちょっと身構えてしまいます。

  • 立野

    そうでしたか、藤本さんも。この話には続きがありまして、その心理学の先生が言うには、日本でベンチャーが育たない原因は、日本人はそういったトラウマを抱えている人が多いことも関係しているのではと言っていたそうです。面白い見方をされると思いました。

  • 藤本

    興味深いですね。それは例えば、親の教育のあり方といったところから変える必要があるのでしょうね。

  • 立野

    そうかもしれません。

  • 藤本

    日本人は、僕も含めてですが、どちらかというと控えめで、積極的に自分を売り込む人って少ないですよね。

  • 立野

    でも、だからこそ、外国のようにグイグイ自分を売り込む人を日本でも育てないといけない気がします。

  • 藤本

    本当にそう思います。日本が今どんどん縮小していますから。

  • 立野

    今回の大阪・関西万博で、藤本さんも有名になられたから、いろいろ批判もあって大変だと思うのですが。日本ってなぜあんなに人のことを叩くのですかね。

  • 藤本

    どうしてでしょうか。ある意味、トラウマの裏返しのような気もします。

  • 立野

    成功者や急に世に出た人を叩くでしょ。妬み嫉みがあるのでしょうね。

  • 藤本

    ちょっとしたミスがあると、すごい勢いでみんなで叩く風潮を気持ち悪く感じます。

  • 立野

    そのへんを考え直さないと、時代を引っ張るような大物が、政治家を含め出て来ない。人間、生きていればミスくらいします。

  • 藤本

    そうですよね、一つのミスで人生が終わるくらい叩かれる、そんな社会は嫌です。

二. 大屋根リングを目の前で仰ぎ見ることの価値

  • 立野

    万博でも開幕前は反対の気運が高かったですね。でも、蓋を開けてみれば大盛況。大屋根リングだって、もしなかったら、会場がごく普通の展示場になっていた。夏はリングがなければ熱中症がたくさん出た可能性もありますしね。

  • 藤本

    実際に来場して大屋根リングを体験してくれた方々が、「やっぱりすごい」って発信してくれたのがよかったです。今はSNSや写真で見られるから、実物を見なくてもいいみたいな風潮もあると思うのですが、やっぱり実物を目の前にしたら全然違うよねと、そういった実体験の価値を多くの人に感じてもらえたのが収穫です。

  • 立野

    外国の方を連れて行くと、「なぜこれを残さないの?」とみんな口々に言うんです。このリング、200メートルだけ残してもたぶん次の世代に伝わらないと思う。もちろん写真や説明資料として残るのでしょうけど、やはり目の前に広がる壮観は何物にも代えがたいと思います。

  • 藤本

    海外のメディアを含めいろいろな来場者も必ず会期後のリングのことを聞いてきて、残さないことを残念がってくれるのですが、行政や民間の間でいろいろあって難しいんです。

  • 立野

    残しておけば世界中から人を集める力が、あのリングにはあると思います。将来、後悔するんじゃないかな。

  • 藤本

    そうかもしれません。建物って一回壊しちゃうと元に戻せませんから。

  • 立野

    日本建築の「貫(ぬき)」という伝統的な工法を使っているということですが、古来からの技を現代にアップデートされたんですよね。

  • 藤本

    そうです。現代の建築基準に則らないといけないので、昔の工法だけだと、それがクリアできないということもあって。あと清水寺の何十倍の規模なので、強度を維持しないといけない。昔だと木の楔を入れるのですが、それを金属の楔に代えて、ゼネコンさんが強度や弱点を探る実験を何十回も重ねて。

  • 立野

    万が一事故があったら大変ですもんね。いや、本当に今回、何も事故がなかった。これが最高によかった。

  • 藤本

    そこは運営が頑張ってくれました。

  • 立野

    地下鉄が止まって帰宅困難者が出たときも、みんな大屋根リングの下やパビリオンで過ごして、トラブルを逆手に取って楽しんでいましたね。

  • 藤本

    海外のパビリオンのスタッフの方が閉館後も開けてくれて、飲み物を出してくれたり、音楽をかけてくれたり。

  • 立野

    あの柔軟な対応はさすが海外だと思いました。日本は全部どこかに確認が必要ですもんね。

  • 藤本

    日本のパビリオンだと、落合陽一さんのところがリモート操作できるらしく、音や照明を付けてくれていました。私は現地にいなかったのですが、あの夜は「もう楽しむしかないぞ」といういい意味での開き直りがあったように思います。

  • 立野

    暑くて不便で大変でしたでしょうが、非常にレアな体験。いい思い出になったでしょうね。

三. 万博をきっかけに広がった新しい繋がりと試み

  • 立野

    藤本さんは万博の仕事の前と後で何か変化はありましたか?

  • 藤本

    万博のプロデューサーに任命していただいてから、国内で応援してくれる方が増えました。メディアなどではけっこう批判されましたけど、大屋根リングを見て、私の仕事に興味を持ってくれた方がたくさんいて、起業家の方とのネットワークも広がりました。

  • 立野

    それは素晴らしい。

  • 藤本

    同じく万博でプロデューサーを務めた宮田裕章さんの紹介で、飛騨で  Co-Innovation Universityという大学などが入居する、複合共創拠点の建物をつくっています。宮田さんが学長候補(現在は特別顧問)ということでお声がけいただきました。最初は大学単体で建物をつくる予定でしたが、その後、ホテルやアート展示、子どもの遊び場などを複合した施設をつくる形となり、街づくり全体に関わりが広がって、とてもありがたく感じています。

  • 立野

    藤本さんのつくられた建物によって、大勢の人が集まるでしょうね。町の活性化において建物の力って大きいと思うんです。

  • 藤本

    そうですね。特に今、地方がどう盛り上がっていくのかって大きな課題ですよね。建物があって、地元の方がいて、そこで起こる日常や非日常がうまく融合すると面白いんじゃないかと思います。

  • 立野

    若い人がやって来ると活気も出てくるでしょうし。

  • 藤本

    はい。飛騨の山間の美しい町なのですが、大学ができることで、若い人が一定数集まってきて、地元の方と交流をして、新しい価値を生み出しながら、さらに観光客も来るようになるといいですね。

  • 立野

    少子化で大学が余っている中での挑戦ですね。

  • 藤本

    明確なビジョンを持った、普通の大学とは違うとんがった大学なので今後が楽しみです。

  • 立野

    他に広がったお仕事はありますか?

  • 藤本

    そうですね、今、瀬戸内で「海島」というすごく変わったプロジェクトを進めています。瀬戸内海って静かな海なのですが、最初はそこに浮かべる船をデザインしてほしいという話から始まりました。だけど、船だとちょっと面白くないと思って、浮かぶ島みたいな船はどうでしょうと提案したら、「それ面白いね」ということになりました。

  • 立野

    聞いているだけで興味が湧きます。

  • 藤本

    全長120メートルくらいの島みたいな船で、緑があって、客室とかレストランとかが入っていて。

  • 立野

    面白い。同じつくるなら、そういうまだ世にないものがいいですね。

四. 決められた枠から逸脱しづらい時代の息苦しさ

  • 立野

    藤本さんは生まれ育った環境の影響は大きいものですか。

  • 藤本

    今思うとそうですね。私は小学2年生のときに、北海道の中の都会から、自然豊かな田舎に引っ越しました。父が病院を開業するということで。その影響は大きいと思います。

  • 立野

    安藤忠雄さんが幼少の頃、自宅の長屋の改築工事で大工さんが懸命に働く姿を見て憧れたとか、そういうきっかけって大きいのでしょうね。私は平々凡々と育ったから何もなかった。

  • 藤本

    私には子どもが二人いて、東京で育てています。東京はもちろん刺激的な街ではあるのですが、どこか人工的なので、自然の中でのびのびと遊び回る機会がないのは、大丈夫なのかなという不安が少しあるんですよね。

  • 立野

    私の幼少期は戦後だったので、物が不足していました。だから竹とんぼを作ったり、竹馬で遊んだり、あれもこれも自分でつくっていました。今でもものづくりに興味があるのは、その影響があると思います。現代の教育の中でも、勉強ばかり教えるのではなくて、手で触っていろいろなものをつくる経験を若い人に与えることが大事かもしれないですね。

  • 藤本

    そう思います。今は都市生活も教育も、いろいろなものが準備されすぎていて、その枠の中で何事も取り組まなきゃいけない感じがします。「これが足りない、じゃあつくろう」とか、自然の中だと、「何もない中でどう遊ぼう?」とか、準備されていない環境があることが重要だと思います。

  • 立野

    おっしゃる通りです。今だって優秀な人は育っているでしょう。だけど、何かがきっかけで、授業や先生の話もそっちのけで、興味のあることにのめり込んで勉強する機会があってほしいなあ。

  • 藤本

    わかります。その人なりの興味がきっかけで突然、勉強に火がつくことがある。

  • 立野

    塾に行かせたり、習い事をさせたり、それってある程度の能力の人しか育たない。私はこの状況をなんとかしたいと思っているんですけどね。

  • 藤本

    今はどうしても成績で順番が決められて、その尺度でしか測られないところがあります。でも、実際の人間の活動ってもっと多種多様ですよね。もっとさまざまな価値観や尺度で人生の豊かさが測れる、そういう考え方がもっと広がってほしいです。

  • 立野

    私はいわゆる勉強というものをあまりしていなくて、昔はやんちゃばかりしていました。それでも自分なりに工夫やチャレンジをして生きる力を身につけてきました。今は恵まれた教育環境の中で一流の大学を卒業しても、一度挫折したら立ち直れないなんて人がいる。でも何回もチャレンジと失敗を積み重ねてきた人は、どんな困難でも乗り越えていく力が備わっていると感じます。

  • 藤本

    もっと人間力を鍛えていけるような教育、一人ひとりに現れる個性を伸ばしていけるような教育、そして社会システムが必要ですね。

  • 立野

    本当にそう思います。今は何もかもがコンプライアンスで縛られて、日本が極端な方向に走っている気がします。昔は近所の大人が子どもを叱っていたけど、今は先生が生徒をちょっと叱っただけでハラスメントになる。仕事だって、自分が望んでも残業できないとか。

  • 藤本

    仕組みとかルールを上からガチガチに嵌めがちですよね。やりたいことがあれば、それぞれの状況に応じて取り組めばいいことなのに。私も若い頃は仕事が面白くて徹夜になることがしばしばありました。

  • 立野

    今はそれをするなと言われますから。日本って生産性が悪い上に、長く働くなとも言われて、このままで大丈夫なのかなと思ってしまいます。

五. まだ世にないものを求める人の志に応えたい

  • 立野

    名古屋城の向かいに「エスパシオ ナゴヤキャッスル」という新しいホテルができたのはご存知ですか。日建さんと竹中工務店さんが建てたお城みたいな外観が特徴なのですが。

  • 藤本

    ああ、お城みたいな。どこかしらで見ました。

  • 立野

    名古屋城とどっちがお城かわからないくらいの建物。スイートルームで1泊300万円です。

  • 藤本

    高級ホテルなんですね。

  • 立野

    見てもらえばわかると思うのですが、施主の方が相当なこだわりを持って、チャレンジングな建物にしています。当社もオーダーメイドのドアハンドルなどをつくらせていただいていて。

  • 藤本

    面白いですね。そういう、ビジョンを持って、グイグイ引っ張ってくれる方の存在ってありがたいですよね。

  • 立野

    今、本当にそういう人が育っていない気がする。

  • 藤本

    私は今、ルーブル美術館の国際建築コンペティションに参加していて、最終候補の5グループに選ばれているのですが、他に日本からは妹島和世さんと西沢立衛さんのSANAA、あとアメリカが2つとイギリスが1つ。あれだけ歴史のあるルーブル美術館でも、何か新しいことをしようと、建築家を選定するコンペをやっている。ちゃんと海外からもアイデアを募っていいものを評価するというのは文化の厚みを感じます。

  • 立野

    入り口のピラミッドも最初は批判されていましたけど、今は普通に調和していますよね。

  • 藤本

    むしろ名所になっている印象です。

  • 立野

    同じくパリのポンピドゥセンターも革新的で。そのへんフランスはすごいですね。日本はなかなか、特に行政が冒険することってないですね。

  • 藤本

    フランスは、批判されようが、「これがいいんだ!」っていう気概を感じますね。

  • 立野

    日本でも昔の政治家はそういう強い志があったと思うんです。藤本さんにもそんなチャレンジングなことをやっていただきたいです。職人の技を未来に残すためにも、ぜひ。

  • 藤本

    頑張ります。これからますます本当の意味で職人さんって貴重になってくると思います。

  • 立野

    志ある人が職人に仕事を出してあげないと、彼らも食べていけなくなる。そういう面で藤本さんあたりに、無理難題を言っていただいて、職人がそれにチャレンジしていく流れができれば理想的です。藤本さんも現地を見て、挑戦への意欲が湧くことってあるんじゃないですか?

  • 藤本

    ありますね。この間、経済産業省で、万博の成果検証委員会が立ち上がったんです。万博でどういう面白いことがあって、それをどう未来に引き継いでいくかを考える場で、私も委員の一人にしていただいて。そこで、万博のレガシーっていろいろあるけれど、やっぱりチャレンジすることがかっこいいというビジョンがすごく良かったということになりました。

  • 立野

    なるほど、本質的な価値を見定めたわけですね。

  • 藤本

    このチャレンジ精神を未来に、子どもたちに継承していきたいというお話をしました。本当にそう思っていて、なんか当たり前で、できるものばかりするのは、ちょっとつまらないです。

  • 立野

    大屋根リングの工法だって、相当チャレンジングなことだと思うけど、今度またやろうとしたときに、どこにも技術が残っていないなんてことにならないように、やっぱり職人に仕事を出して日本建築を継承していくことは必要だと思いますね。伊勢神宮で式年遷宮を通じて技術継承するように。

  • 藤本

    はい、私もぜひまた、めちゃくちゃ難しいことにチャレンジしたいです。

  • 立野

    本当、大屋根リングみたいに、できっこないようなことをやっていくことが大事だと思うんです。その志がきっと若い人にも伝わると思うので、失敗してもいいから、とにかくチャレンジする世の中であってほしい。

  • 藤本

    そうですよね。そして、たとえチャレンジが失敗しても、寛容であってほしい。失敗してすぐ叩かれる世の中だと、みんな萎縮しちゃいますから。

  • 立野

    挑戦した意欲を買って、もう一回チャンスを与えるとか。最近やっと日本でも会社を倒産させた人が、もう一度立ち上がれる世の中になってきて、いい傾向だと思います。トランプ大統領だって、何度も何度も失敗してきた人ですよね。

  • 藤本

    むしろ失敗の数が多い人ほど信頼されるみたいな世界がいいなあ。

  • 立野

    藤本さんは、これからチャレンジしてみたいことはありますか。

  • 藤本

    チャレンジングなことをしたいという大きなビジョンを持っている方と、何か面白いことをやりたいですね。

  • 立野

    大屋根リングの仕事が世に広く知られて、世間の期待が高まっていると思います。

  • 藤本

    それは感じています。あの仕事を通じて、ある種の信頼感をいただいたので。万博って、SNSやメディアでは割と批判されていたじゃないですか。でもそういう風潮の中で、大丈夫だよと支えてくれる人もいることがわかりました。

  • 立野

    最初は相当な批判でしたもんね。

  • 藤本

    そういう意味では、立野さんもずっとサポートしてくださって、感謝しています。
    万博を通じて、飛騨の大学や瀬戸内のプロジェクトなど、いろいろな地方との関わりができました。地元・群馬県のために活動を続けるJINS創業者の田中仁さんとも一緒に仕事をしています。そういった、地方への熱い志を持った方々を支えるために、さらなる挑戦を続けていきたいです。

六. 数寄屋造りの民家に新しい息吹を

  • 立野

    実は、生駒に数寄屋造りの民家があるのですが、それが朽ちてきていて、そこを研修所にリニューアルできないかなと思っていまして。これがその民家の写真です。

  •   

    (数寄屋造りの民家の写真を見せる)

  • 藤本

    わっ、すごい立派な数寄屋造りですね。しかもめちゃくちゃ景色がいいじゃないですか。何年前に建てられたものですか?

  • 立野

    50年は経っています。住まなくなって10年以上なので、もうガタガタです。

  • 藤本

    家は住まなくなると、ガタが来るのが早いですからね。

  • 立野

    昔は小川にカニがいたり、たぬきが出たり、自然の魅力にあふれていました。平田雅哉という数寄屋造りの第一人者が建てたものです。見てください、あの衝立の一刀彫りも平田さんが…

  •  

    (室内にある衝立へと移動)

  • 藤本

    へぇー、うわー、えー。すごい、これは文化財級ですね。

  • 立野

    今の大工さんにこのレベルのものはなかなか難しいと思います。

  • 藤本

    この精度で彫り物をできる人が、家の全部をつくったということですよね。

  • 立野

    はい。有名な方だったらしいです。映画になって森繁久彌さんが演じていました。

  • 藤本

    今度また現地を拝見させてください。

  • 立野

    ぜひいらしてください。

  •   

    (終了のお知らせ)

  • 一同

    ありがとうございました。

  • Photography: 澤尾 康博
    Writing: 守谷 直紀
    Direction: 今井 晴日